仏教世界の中で鹿というものをよく耳にします。
例えば中世の僧侶の旅支度には鹿衣と鹿杖(鹿角の付いた杖)は欠かせないものでありました。
「梁麈秘抄」にも「聖の好む物、木の節、鹿角・鹿の皮」とはっきり記されています。
これには仏教的な理由があり、一つは、釈迦が入山した際にまとっていたのが鹿皮と鹿杖であったことです。
もう一つは、空也上人(九〇三~九七二)が修行中に親しんだ鹿が猟師に殺され、あわれみに角と皮をもらい受けて身につけたことから、浄土教の流れを組む一遍上人(一二三九~一二八九)などの時宗一派に鹿皮・鹿杖のスタイルが流行したことによります。
鹿は実際に神として祭られてもいました。
筑前の志賀島は、古くは「鹿島」と表記された島で、志賀海神社には一万本の鹿角が祭られています。
東北には「鹿踊」の風習があります。
日光では、今でも狩猟の際に鹿の頭に祈りを捧げるという風習もあります。
また、鹿は群をなして海を渡る動物と言われ、海人との関係が深いとも言います。
さらに、『鹿皮は持つ人の運勢を高め、現世八欲を満たす』と言われ、大昔から最高級の贈り物として扱われてきました。
送る人、家への幸福、家系継続、健康維持、征服力、男女欲、安産、長寿等の願いを込められたものであります。
このように鹿は、釈迦から始まり、その流れを汲んで有難い物として現在まで伝わっています。